boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

『恋は雨上がりのように』のスペシャルファンデについて

TVアニメ『恋は雨上がりのように』には「スペシャルファンデ」という固有の役職が設けられている。具体的に何をする役職なのか、わからないでいたのだけど、岡田麻衣子プロデューサーのインタビューで触れられ、少しだけ内容が明らかになった。

瞳アップの時は、原作のように吸い込まれるような、いろいろな瞳を試しに作ってもらったりしました。実際には作画で盛ったり、スペシャルファンデチームで特殊加工したり、撮影さんに処理を工夫してもらったりして、今の深い瞳ができ上がりました。

アニメ質問状:「恋は雨上がりのように」 あきらの目力をどう出すか 作画で盛って特殊加工も

とはいえ、実際の作例が載せられておらず、「スペシャルファンデチーム」の実像はまだぼやけている。調べてみると、TVPaintのフォーラムに「チームサポート」の高木宏紀さんが同ソフトを使った作品として投稿されており、こちらが詳しい。

動画・仕上・特殊効果を行っているスタッフ、中愛夏・三田遼子の2名が「スペシャルファンデ」(渡辺歩監督に命名していただきました)の名義で
・キャラクターのアップのカットでの目まわりを中心としたディテールアップ
・キャラクター全体に対する水彩風の処理
・劇中出てくる賄いのサンドイッチやグラスの質感処理(動きがあるカットをメインに特殊効果専門の方と折半して作業)
・特殊な線表現(3話にてデフォルメ表現として鉛筆風のカットを作成しました)
などを担当しています。

恋は雨上がりのように - TVPaintの日本語ユーザー専用フォーラムへようこそ!

スペシャルファンデチームは瞳の加工だけでなく、多岐に渡る処理や表現を担当しているようだ。サンドウィッチの質感処理までこなしているとは驚きの事実。特殊な表現に携わる専門職といった感じだろうか。

■通常処理の瞳とディテールアップカットの比較

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 一番上のカットはゴミ出しの途中で勇斗と会ってしまった第5話アバンタイトルのもの。加工の違いが比較しやすいと思って取り上げた(さすがにゴミ出しのときは通常の処理だった)。“スペシャル”なクローズアップは虹彩のグラデーションが複雑な色味を帯び、瞳の中の実線が増えている。瞳孔に斜め格子状の線が足される場合もあり、睫毛の描き込みは顕著。毛流れの柔らかさが画面から伝わってくるほどだ。

こうした質感の上乗せで思い出すのは、同じくWIT STUDIOで制作された『甲鉄城のカバネリ』のメイクアップアニメーター*1による加筆表現だろう。アニメーションソフト「TVPaint Animation」で描かれたメイクアップカットは、美樹本晴彦のイラストを「動きを付けた状態」で再現するという目論見で行われた高度な挑戦だった。

恋は雨上がりのように』も発想の源は、原作者である眉月じゅんの描くイラストの質感に近づける試みにあるように思う。しかし『カバネリ』がハードな世界観の陰影をカットレベルに持ち込んだ表現だとしたら、本作の「スペシャルファンデ」は恋と青春のマチエルを描き分けるためのものだ。あきらが目を輝かせて近藤をみつめればみつめるほど近藤はその瞳に惹かれ、同時に葛藤を抱く。そしてあきらの横顔がみつめる先に陸上があるように、近藤にも懸けたものがあった。様々なギャップが横たわる恋愛と自分を懸けた青春の機微。スペシャルファンデチームが彩りを加えているのは、そんな「雨宿り」をするふたりのマチエルではないかと思うのだ。

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*1:中愛夏さんは第9話よりメイクアップアニメーターにクレジットされている。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』5話の視線誘導・ピン送りメモ

ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第5話の視線誘導・フォーカスについてメモしておきたい。

京都アニメーションお家芸とも言える被写界深度のコントロール。第5話のそれは今まで以上に精緻で見慣れないものがあった。

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シャルロッテ王女と向かい合うヴァイオレット。ここではPANするカメラに合わせる形でピン送り。しかもこれは実写でいう移動撮影(トラック)風のカメラワーク。王女を画面中央に据えたまま、まるでヴァイオレットが「道を開けた」ように感じさせる。

ダミアン王子からの手紙が思い通り内容でなく、寝室に戻るシャルロッテのカット。

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苛立ちを隠さず立ち去る王女からヴァイオレットへのピン送り。王女の反応に引っ掛かりを覚えるヴァイオレットの心理にフォーカスするためだと思われるが、一見しただけでは見逃してしまいそうなほど細かい。

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王宮の庭で会話するふたり。PANダウン+ピン送り。ヴァイオレットに焦点が送られているものの、このシーンの本当の主役は王女が手に持った花。ティアラから花(王女からひとりの少女に)への誘導も兼ねた憎い演出。

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こちらはペンにインクを付ける瞬間に後ろから前へピントを合わせるカット。王女の猛烈なアプローチを強調する格好だ。

第5話の演出陣は絵コンテ/山田尚子、演出/藤田春香、澤真平。山田尚子がコンテを担当した回でこれほどナメたり切り返したりを繰り返したものは珍しい*1。向かい合って話をさせるより、作為的でない自然な立ち位置にいる人物の会話をドキュメンタリータッチで撮るという形式が多かったからだ。だが今回の相手は王女。定式的な配置、作法が存在する王宮の会話劇であることを考慮してプランニングしたのかもしれない。それにカット単位、シーン単位でコントロールしてきた視線が、シャルロッテと宮廷女官のアルベルタに収束する結末も美しい。技法と物語の調和がとれた、傑作話数だ。

*1:もちろん、監督によるコンテチェック、演出処理や撮影の手が入っていることも考慮しておきたい。

高木弘樹さんのエミ

アニメーターの高木弘樹さんが亡くなられたという話を聞いた。正直、信じられない思いで一杯だ。あまりにも突然で心がざわめき立っている。

高木さんの膨大な仕事の中で一番心に残っているのは、ぴえろ魔法少女シリーズ、とくに『魔法のスター マジカルエミ』だ。15話「風が残したかざぐるま」の可憐なシェリー、ドタバタコメディのパワフルさが魅力の20話「危険なシャッターチャンス」、井上敦子さんとふたりで描かれた最終話「さよなら夢色マジシャン」のステージシーンなど、高木さんの絵はシャープでキレが良く、ファンの目から見て特徴的だった。

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アニメアール、じゃんぐるじむ、亜細亜堂による強力なグロス体制が整っていた『マジカルエミ』にあって、亜細亜堂のアクションといったら高木弘樹(エミの途中でグラビトンへ移籍)。『クリィミーマミ』の仕事も質、量ともにすばらしいけれど、『エミ』はさらに洗練された巧さが光っていたと思う。

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その集大成がOVA『蝉時雨』冒頭のステージシーンかもしれない。高木さんの描いたエミの中でも最高のひとつだと思っている。今観ても大胆なタイミングと動きの華麗さはまったく色褪せていない。

後に企画された証言集「いまだから語れる80年代アニメ秘話~美少女アニメの萌芽~」収録、菊池通隆×高木弘樹×糸島雅彦のアニメーター鼎談を読むと、高木さんが安濃高志監督や望月智充監督の演出スタイルに深い理解を示していたのだと分かるし、天才・洞沢由美子を語る口調は滑らかで、それも忘れられない。その一方、ビークラブスペシャル「魔女っ子倶楽部」のイラストコラムでは『魔女っ子クラブ4人組』に痛烈な批判を浴びせ、(もうあの子達を引っ張り出すのはやめてくれという)複雑なファンの心境を代弁するなど、自分の主張は言葉を濁さずはっきり言う。そんな高木さんの姿勢に、多少なりとも救われた気分になったことを覚えている。

『エミ』の他にも、『機動警察パトレイバー』(とりわけNEW OVA)や『BLEACH』であるとか、印象的な仕事を挙げていけばキリがない。今はありがとうございました、という言葉しか出てこない。本当に信じがたい……

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の色使いと設計

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ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の画作りには圧倒される。風になびく髪の柔らかさ、皺の描き込み、繊細な表情芝居……TVアニメの水準はどこまで引き上げられるのか。見ているこちらが心配になってしまうほどだ。そんな高密度の画作りを支える重要な要素のひとつに色使いがある。キャラクター本体のノーマル色、影色、シーンカラー(夕暮れ、室内etc)に加え、周囲の環境やオブジェクトからの照り返し、反射色を使った設計が特徴的。

この光と色の設計で思い出すのが新海誠作品だ。2007年公開の『秒速5センチメートル』の時点でハイライトと影の境目に彩度の違う色を足す試みがなされていたし、環境光、間接光を用いた反射色で塗り分け、キャラクターの輪郭線も同色の色トレスという『言の葉の庭』(2013)を忘れるわけにはいかない。風景と人物の一体感が生み出す独特の叙情性、それが新海誠の構築した手法だった。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に話を戻そう。本作は主人公であるヴァイオレットが世界をみつめ、愛を知る物語だ。ゆえにヴァイオレットが見る色、照らす光はそのままテーマと結ばれる。つまり人と出会い、その色を知っていくことだ。たとえばC.H郵便社に勤める自動手記人形のひとり、エリカ・ブラウン。緑を基調とした装いでデザインされており、第2話は彼女の持つ「緑」が画面を覆っていた。

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ヴァイオレット自身も同色のスカートをはき、各所に配置された緑の中で働く。そこには自動手記人形として共通する思いや、エリカ個人の心情を滲ませる意図もあったはずだ。第3話は養成所で知り合うルクリアの色。赤みがかった髪、煉瓦作りの学校、鮮やかな夕景が世界を彩り、ルクリアと兄の記憶を辿る。

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そうしてキャラクターと舞台の色彩を重ね、語られた思いを感情の表現力に乏しいヴァイオレットが感受する。人の気持ちを学んでいく。それが物語に設計されたコントラストであり、反射色だ。 

本作の色彩設計は『Free!』『映画 ハイ☆スピード!Free! Starting Days-』の米田侑加。世界観の絵筆である美術監督には渡邊美希子。このふたりは『小林さんちのメイドラゴン』を担当したコンビ。シリーズ演出に抜擢された藤田春香も色や影付けにこだわる演出家で、より自然で高度な光のコントロールを志向しているようだ。そして画作りの緻密さに比べて、物語の主題には過剰な装飾を施さない石立太一監督。これからヴァイオレットにどんな光を当て、色を見出だしていくのだろうか。楽しみだ。