boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

庵野秀明のコントロール

神山健治「映画は撮ったことがない ディレクターズ・カット版」には庵野秀明との特別対談が収録されている。「組織と現実論」を書ける人だということで神山さんに声を掛けたこと、プロットの第8稿まで付き合ってもらったことなど、『シン・ゴジラ』とのかかわりから始まって、プリヴィズ、絵コンテ、ビデオコンテ、劇伴といった映画作りの工程、手法について具体的に語られている一読の価値ある対談だ。

シン・ゴジラ』の地上派放送を観終わった後、あらためて読み直してみたが、庵野さんの発言には完成形を定めたくないという一貫した思いがある。これは「アニメの情報量」をテーマに川上量生と対談した折にも触れていたことだ。全部コンテに描き込みすぎると、そっちの方が面白くなってしまう。スタッフのやる気を出しつつ、最低限の設計図でいい、と。理詰めで殆ど計算していながら、理外のサムシングに期待する。それは人であったり、「現実」であったり、媒体(アニメ/実写)によって異なるが、すべてを最初から作り込みすぎないという点で一致する。

庵野秀明ウォルト・ディズニーのようだなと思うときがある。夢想家、現実主義者、批判家、3つの部屋を持っていたと言われるウォルト。それに近い部屋(思考プロセス)を庵野さんも持っていて、情報量のコントロールとはその統合的な方法論ではないか……なんて風に考えさせるのも、計算なのかもしれない。

 

映画は撮ったことがない ディレクターズ・カット版

映画は撮ったことがない ディレクターズ・カット版