boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

22/7「あの日の彼女たち」考 day03 立川絢香


22/7 「あの日の彼女たち」day03 立川絢香

立川絢香は真意を悟らせない。

「あの日の彼女たち」キャラクターPVの中で最も鮮烈なイメージを残す1本かもしれない。「day03」の舞台は帰宅途中だと思われる列車内。映像的には「開く」ところから始まり、「閉まって」終わるという収まりのいいフィルム。だが、その内容は意味深長かつ幻惑的だ。

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最初から追ってみよう。まず飛び込んでくるのは絢香がイヤホンで聴いている大音量の音楽。連結部から貫通扉を開けると音量は小さくなり、絢香は車両の中を歩いていく。すると鞄を抱えて眠りこけている戸田ジュンを見つけ、イタズラ交じりにほっぺたをつんつん……*1ただ車内を歩き、ジュンの頬をつつくだけなのに、映像構成に軽い混乱を覚えてしまう。

そのトリッキーな演出の正体、混乱を誘う要素の第一は方向性だ。ファーストカットで左向きにとっていた進行方向が3カット目では右向きになり、ジュンを見つけると左、そのまま固定されるのかと思いきや、頬をつつくカットは窓ガラスの逆向き反射カット。そしてジュンが目覚めるとふたたび左という風に目まぐるしく画面上の向き(上手下手)が反転していく。

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さらに拍車をかけるのは、出没自在に思わせる編集の妙。3カット目で歩いていた絢香が、次のカットでは既にジュンの乗った車両に立っている。跳躍された時間は「映像より先行して閉まる扉の音」*2に吸収され、これはとくに違和感のないカッティングだが、頬をつついた後、繋ぎの間に絢香はジュンの横へと“出没”する。連続的な時間のジャンプと向きの反転を重ねた、いわば編集のトリック。ジュンも驚いているが、映像にも驚きがあるという仕掛けだ。

見逃せない表現でいうと、熟睡するジュンの前まで歩いてきた絢香に掛かる影。撮影の見どころともいえるこのカットは、イヤホンを外す芝居と相まって非常に意味深だ。素顔が光に照らされるのではなく、無表情の中の表情が影によって浮かんでくるというような、これも通常の逆、反転の演出だろう。

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だからこそ、ちょっとオーバーリアクションで純真なジュンが愛らしく(ポッキーを食べる前後のポージング、芝居はじつに堀口悠紀子的)、絢香がどうしてジュンをからかったのか、何となく理解が及ぶ。

後半の恋愛話もそんな「からかい」の延長線上のあるもの。映像のフックは反射と視線、立ち位置だ。席がこれだけ空いているのに、おそらく絢香に合わせて立ったジュン。そこに性格的な優しさであるとか、思いやりが垣間見える。そして視線を外したまま始まる突然の告白。走る車両の進行方向で惑わした前半に比べ、後半は言葉によって向きを狂わせている。止まった車内で行われる行き先不明の話。ドアガラスの反射を利用した切り返し、視線の泳ぐジュンと微動だにしない絢香。互いの表情を見せないシチュエーション作りが巧みだ(向かい合っているのに、向き合えない会話)。

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注目したいのは好きな人がどんな人かと訊かれ、「いとこのお姉さん」と答えるまでのすこし考えるそぶり、視線。絢香のわずかな心の動きが観客にだけ伝わる(直後の発車ベルが助演音響)。予想外の答えだったのか、ハッとするジュンとようやく視線が合ったと思ったら、待ってましたとばかりにドアが閉まってしまう。話の終着と同時に発車。ジュンが閉まる扉を振り返り、結果的に乗り過ごすという秀逸なオチに加え、2人の関係性における変化、「何かが始まった」と思わせる裏地の機微が心憎い。「閉まって」終わると共に「開く」意味合いもあるわけだ。

立川絢香は真意を悟らせない。しかし反転した見方をしてみると……幻惑的な映像演出の奥に意外な一面が見えてくるかもしれない*3

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*1:頬をつつく直前、わずかにタメる。

*2:Jカットと呼ばれる編集技法。

*3:笑顔の裏の裏をどう読むか。