boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

『ちはやふる3』の汗と浅香守生

6年ぶりのTVシリーズ第3期、『ちはやふる3』を観て思うことは、ひたすら純粋に「面白い」だ。競技かるたに懸ける情熱も、青春群像劇の中で絡み合う恋模様も、ずっと観ていたくなる。原作の勘所をつかまえる抜かりなさ、緊張感を孕みつつ、テンポ良く進める手際の鮮やかさ。浅香守生監督の『ちはやふる』はそう、そんなアニメだったと改めて思い出させてくれた。

浅香守生監督の作風について、印象深い言葉がある。それはマッドハウスの重鎮、川尻善昭監督のインタビューで出てきたこんな言葉だ。

──血と汗の匂いが画面からも伝わってくる感じがするので、少女漫画『ちはやふる』に携わられていたのが凄い意外だったんです。
川尻:昔やった『エースをねらえ』も少女漫画ですよ(笑)。
──『エースをねらえ』は演出されている出崎(統)さんの汗くささを感じる部分もあるんですが、『ちはやふる』はそういった雰囲気があまりないので意外だったんです。
川尻:それは、監督の浅香(守生)君の力量というのが凄くあります。作品に男の汗くささというのがない人ですから。

 ジャパニメーションを作った男 インタビュー川尻善昭(Rooftop2014年12月号)

「作品に男の汗くささというのがない人」という一文を読んで、何かストンと腑に落ちた気分になったことを今でも覚えている。演出デビュー作の『YAWARA!』、初監督作の『POPS』、代表作に数えられるであろう『カードキャプターさくら』はもちろん、太い眉毛と濃い顔つきの男子高校生を主人公にした異色の少女漫画『俺物語!!』にしても、汗くさいとは思わなかった。とはいえ、これは個人的な印象の話であって断定するものではないし、原作の雰囲気を大切にしていることゆえの必然かもしれない。

と、ここからが本題。つい先日放送された『ちはやふる3』の第4話と第5話(2話連続放送だった)は、まさに汗が迸る熱戦の連続。そこで描かれた「汗」ついて、すこし触れてみたい。

f:id:tatsu2:20191107160845p:plain

吉野会大会A級準々決勝、綾瀬千早 vs 猪熊遥。元クイーン相手に苦戦を強いられる千早が、「ちは」を送って零れる一筋の汗があった。原作19巻の同シーンと並べてみよう。

f:id:tatsu2:20191107163125g:plain

f:id:tatsu2:20191107163409j:plain

落ちていく汗にカメラワークを合わせ、千早の汗により強い決意を滲ませる。「ちは」は、作品上最重要といってもいい札であり、卓越した「感じ」を持つ相手からすれば格好の狙い札。それを送るということがどんな意味を持つのか、千早が何を胸に秘めて戦っているのか、汗が流れ落ちる"間"に託しているわけだ。時間をコントロールし、原作の絵を再現しながら膨らませる、映像/アニメーションならではの表現といえる。

試合が進み、ふたたび千早の頬を汗が伝って落ちるのは、「ちは」を取られてリズムを崩した猪熊遥が復調し、女王の頃の耳を取り戻しつつあるシーン。

f:id:tatsu2:20191107173059g:plain

f:id:tatsu2:20191107173208j:plain

原作のコマ割りを踏襲したカット割り、違うのは光と影を使った汗の動き。無邪気な猪熊の笑いに対し、相手の強さへの畏敬か、あるいは嬉しさか、不意に笑みがこぼれる千早。「互いに笑っている」というのは、空札なのに札が動いてしまって「風圧ですよね」と二人揃って主張して笑い合う、次の取りへの伏線的な表情だが、アニメの方では千早が笑う前に光が当たっているところから汗が伝い、桜沢と理音が並んだカットを挟み、汗が影中へ伝って落ちる動きにもポイントを作っている。アップダウンの激しい試合展開、その喜びと怖れ、二重の意味付けを行う心憎い演出だ。

光から影へ伝う汗があるならば、影から光へと伝わる汗もある。

f:id:tatsu2:20191107182657g:plain

決着となる「しのぶれど」の札が読まれる直前、千早が目を開き、コントラストの強い画面へと変わっていく最中、読手の口元をクローズアップ、光が広がっていき、読手のカットバック、千早のフラッシュカット→取り、と繋がっていく。よく見ると千早の頬の汗に光が掛かった瞬間にS音を発する読手の口元へとカットが切り替わっている。非常に細かいが、対比的/逆転的に汗を見せていることが分かる部分だ。

f:id:tatsu2:20191107210009p:plain

f:id:tatsu2:20191107190046g:plain

勝負後に汗を滴り落とすのは、負けた猪熊遥。これは原作にはない画で表情は見えず、顎先から零れる汗は涙のようにも感じさせる。この猪熊のカット効いてくるのが、「衰えてくるといやになってやめてしまうものよ」と理音に話す桜沢の涙だ。零れるものと零れないもの、汗と涙、綾瀬千早と猪熊遥、猪熊遥と桜沢翠、反復と対比を様々な人間関係に重ね合わせ、見せていく。

他方で、こんな使われ方もしている。

f:id:tatsu2:20191107192224g:plain

運命戦となった真島太一と須藤暁人の一戦、最後の決まり字が読まれるとき、画面が暗くなりポツンと汗が落ちたようなエフェクト入り、迷わず敵陣を攻めた太一が勝つ。もうひとつの戦いの汗、それがだれのドラマを示すものだったか、言わずもがな、伝わってくる。

ちはやふる』の試合に汗は不可欠だ。手に汗を握って応援し、汗を拭いながら耳を澄ます。その汗を、浅香守生監督は時にキラキラと光らせ、時に深い影の中に落とす。記号的にするのではなく、工夫と感動を持って、ドラマの助演に仕立て上げる。以前、『マッドハウスに夢中!!』というムックで真崎守監督が「散らしモノのリアリティ」*1を思いつくかどうかが、企画に乗るコツかもしれないと語っていたが、浅香守生監督の「散らしモノ」を見るに『ちはやふる』は最適な作品だ。浅香守生のリアリティ、「汗」はたぶん、そのひとつなのだろうと思う。

マッドハウスに夢中! (Oak book)

マッドハウスに夢中! (Oak book)

 

*1:「僕と彼(丸山正雄)が好きなのはね、チャンバラ映画なんかを見てて、マントをつけた旅人とかがよく出てくるでしょ。それが風が吹くとヒラヒラする、というあのリアリティー。それから木の葉とかの散らしモノ。ああいった細かな演出や、マントがヒラつくかどうかが、僕たちが企画に乗るコツかも知れない」p.76