boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

『波よ聞いてくれ』12話の信頼とアドリブ

俺、映画でもアニメでも、原作に忠実であるべきだとは決して思わないんですよ。その道のプロが最善と考える見せ方をしていただければOKで。

これは「アフタヌーン」2020年2月号の誌面対談で南川達馬監督に原作の沙村広明が語っていた言葉だ。形式上、多少のリップサービスがあるとしても、思えば最終回に向けた原作者からのメッセージだったのかもしれない*1。アニメ『波よ聞いてくれ』12話「あなたに届けたい」は忠実に原作を追えばまだ先だったはずの北海道地震と大規模停電を盛り込み、全体の構成をアレンジしながらも、非常に綺麗にまとめられている。試されるミナレのアドリブ力、災害時における緊急マニュアルの展開と行動のリアリティなど、原作とは違った道を通ったからこそ、原作読者にとってもハラハラするおもしろさがあった。

特筆しておきたいのは、そこで描かれている「信頼」についてだ。「MRS」のディレクター・麻藤兼嗣はミナレのアドリブを信じた。緊急事態であろうとも鼓田ミナレには切り抜けられる発想とトーク力が備わっているのだと。喋りの「プロ」になれと背中を押したわけだ。その麻藤の最も信頼しているパーソナリティが大原さやか演じるMRSの看板、茅代まどか。作中ではミナレの後番組を担当するため、愛車を飛ばして駆けつけてくるが、茅代が放送ブースに入るまでの芝居作画はじつに素晴らしい。

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放送席に座り、ヘッドフォンを装着する。ただそれだけの芝居にどれほどの説得力を持たせられるか。つまり非日常の最中、いかに日常的かつ平静的な芝居で通せるかという、「普通」の難しさをアニメートする勝負をかけたシーンだったのではないかと思う。慌てず騒がず、安心感のある「いつも通り」の姿。ここにも信頼があるのだ。麻藤が茅代を信頼するように、おそらく南川監督もアニメーターがこの芝居を描いてくれると思って絵コンテを切り、演出している(勿論、大原さやかの力量も信用しているだろう)。ドラマの中で描かれる信頼と作り手の信頼が重なり合う、多人数で制作する「番組」ならではの醍醐味だ。

もうひとつ、演出の「アドリブ」にも触れておきたい。姉に叱られ、帰りの遅い城華マキエを探しに出た中原忠也が、公園で祝杯をあげる城華を見つけ、公園のベンチで話し込む場面。

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基本的には原作コマを活かしたカット割りなのだが、無自覚な中原の優しさが炸裂する途中で、原作にはない城華が何かをつぶやく口元のアップがインサートされている。このインサートは城華の感情が溢れ出す、言わば前触れのようなものだ。スポットライトのような照明、何かを言い出したくて堪らないバックショット。城華マキエが中原忠也にどれだけ参っているか、思わず泣き出してしまう感情の道筋がひとつの「アドリブ」によって原作以上にグッと引き立っている。まさに演出の隠し味だ。

また城華の「泣き」も絶品。能登麻美子の「もお…やだ……」をぜひ聞いてくれ。

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*1:対談の中で最終話のアフレコが終わっていることが明かされており、原作者による脚本・コンテ等のチェックも事前に済ましていたのではないかと思われる。