boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

虎杖将監論 

虎杖将監(いたどり しょうげん)は『ストレンヂア 無皇刃譚』(安藤真裕監督/2007)の登場人物のひとりで、国盗りの野心を持つ男だ。大塚明夫の好演もあり、歴戦の将たる貫録を漂わせているのだが、金髪碧眼の剣士・羅狼との一騎打ちの最中、不意の凶弾に斃れる。過去「大渡」の国で共に戦った将監と名無しが、同じ砦で剣を抜いているにもかかわらず、相まみえることなく戦の中に散り、去っていく哀愁は、時代劇映画特有の余韻だろう。

物語の本筋が名無しと仔太郎の「道連れ」だとしたら、将監が担ったのは舞台となる戦国の世のならい、「下剋上」だ。大渡から「赤池」の国へ流れてきた将監は、数年の内に腕一本で領主の信頼を勝ち取り、将兵たちをまとめ上げる立場にまで出世している。赤池が小国であったことも幸いし、なかば兵権を握っている状態だ。狙うは一国一城の地位。

f:id:tatsu2:20201121165946p:plain

「己の身の丈に合わせて望みを決めるなど真っ平よ。わしはの、望みの大きさに合わせて、身の丈を決めてやる」

我が子を抱き(ハガレン顔をした子のボンズ感よ)、妻に語るこの言葉にこそ、虎杖将監という人物が象徴されている。高山文彦入魂のセリフだ。一方で、将監は領主の娘である萩姫に想いを寄せる戌重郎太には「高望みはやめておけ。望みは身の丈におうたのが一番じゃ」と戒める言葉をかけている。野心は機が熟すまで隠せと言っているのだろう。豪胆に見えてその実、抜け目ない性格であることが伺える。

実際、ひとつ歯車が噛み合えば、将監の大望は成就していたかもしれない。人質にされた領主の胸を重郎太の矢が貫き、主を失った兵が将監つくと声をあげた時、下剋上の足掛かりは成ったといっていい。後は明の武装集団が籠る獅子音の砦を落とし、「主君の敵討ち」の大義名分を果たせば晴れて赤池は将監の国となったはずだ。短慮があったとすれば武装集団が皆手練れであり、力攻めするには兵士の数が足りず、加えて羅狼の桁外れの剣腕、明の火縄銃など、将監の思慮の上をいく備えがあったことだろうか。とはいえ、得意の槍を振るい、木卯・木酉姉妹を倒し、羅狼がいなければ、と思わせるところまで追いつめたのだから、武人としての「格」は示したと言える。

f:id:tatsu2:20201121232617p:plain

将監が死の際に何を思ったか、修正原画の注意書きには「戦の楽しさ70%、未練10%、武士魂20%」とある*1。奇しくも強者と戦いたいと願っていた羅狼に似た性分だったことが分かる注意書きだが、将監の死はそのまま「赤池」の滅亡を意味する。主を失い、軍の中心人物がいなくなった小国の運命は想像に難くない。そんな重責を背負っていながら、戦の楽しさに身を任せてしまった将監は、一国一城の主になる器はあっても武人の性から抜け出しきれない人物だったようにも思える。

ちなみに将監の最期は本編と脚本でかなり違っている。羅狼に槍の一撃を躱され、穂先を切り落とされるところは同じだが、脚本では羅狼に袈裟懸けに斬られ、壁にもたれ祭壇から下りてくる名無しと仔太郎を眼にする。そこで「大渡」時代の回想(フラッシュバック)が入り、かつての戦友を息絶える間際に見つめるという刹那のドラマが展開される流れ。完成映像だとその回想は櫓の中で覚醒する名無しの悔恨・未練になり、仔太郎を助ける動機へと繋がれている。将監が名無しをふたたび見ることはなくなったわけだ。結果的にそれがドラマなき突然の死という無常な『ストレンヂア』の魅力になった気もするからおもしろい。安藤真裕監督と高山文彦の綱引きでもあった将監の死に際。一考の価値ありだ。

 

ストレンヂア -無皇刃譚- [Blu-ray]

ストレンヂア -無皇刃譚- [Blu-ray]

  • 発売日: 2008/04/11
  • メディア: Blu-ray
 

*1:限定版付属ブックレット「特選 作画監督修正原画集」より。