boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

とある吉田玲子のダイアローグ 週雑006

前記事の補足も兼ねて。

水色時代』第43「思い出アルバム4 はじめての友達」の終盤、優子のお隣さんで幼馴染・博士が落ちたブレーカーを上げて、帰った後のダイアローグ。

北野「あたし帰る!」
優子「え?」
北野「帰る!」
優子「北野さん! 北野さん帰らないで」
多可子「あたし盛り付けする」
優子「ご飯できてるから一緒に食べよ!」
北野「いらない!」
優子「北野さん……」
北野「じゃあね」
優子「3人でご飯食べようよ」
北野「2人で食べればいいじゃん」
優子「ダメだよ。3人で食べるつもりで作ったんだから2人で食べたら寂しいよ!」
北野「あたしだって、寂しかったんだから。3人で食べるなら3人で一緒に作ればいいのに優ちゃんと高幡さんだけで……あたしは、なんか邪魔者みたいで。寂しくなっちゃって、これじゃやっぱり友達なんていらない。ずっとひとりだったし、またひとりになってもいいもん」
優子「やだな、それ。北野さんは私の友達。だから私の友達じゃない北野さんは私の知らない北野さんで、いま私の目の前にいる北野さんは私の友達。だから、その北野さんが友達いらないってことは私も寂しくなって……私の友達の北野さんに寂しい思いをさせちゃったことがこうやって自分に返ってきたということは……私は何を言ってるのかな」
北野「優ちゃん、なんだかわかんないよ」
優子「ゴメンね……」
多可子「準備オッケーイ!」
優子「あ、北野さんちょっと目を瞑っててね」
北野「え、うん」
優子「いいよー、目開けて」
北野「うわー」
優子「すごいでしょ」
多可子「ケーキも焼いたんだ。おっともうひとつ。これこれ、えい!」
優子「ただいまからしばらくの間を2月29日、北野深雪さん14歳の誕生日とさせていただきまーす」
多可子「はいはい」
北野「わたしの……?」
優子「北野さん、席ついてロウソクをぷぷぷーっと!」
北野「ふー」
優子「北野さん、お誕生日おめでとう!」
多可子「ハッピーバースデイ!」
北野「あ、ありがとう」
優子「なんのなんの」
北野「お箸もこっち向きに置いてある」
優子「今日は気を使わないで。どっちの手で箸使ってもいいよ」
北野「うん」
多可子「そうそう、そういえば冷蔵庫にあったこれ何?」
北野「あ、それあたしが」
優子「そうだ、北野さんのお土産」
北野「じゃあ、わたしがわける。ありがとう優ちゃん。ありがとう……タカちゃん」
多可子「……うん。あ、でもこれ北野の分は?」
北野「あ、タカちゃんも来るってわたし知らなかったから2個しか買ってこなかったの」
多可子「じゃ、わけよ」
北野「いいよ、あ、でもタカちゃん切るの上手いね」
多可子「えっへん」
優子「私もわける! あ!」
北野「優ちゃん下手!」
多可子「クリーム飛んだよー!」
優子「赤はピーチで緑はヨモギだ、おいし」

「はじめての友達」はアニメ版のオリジナルエピソードであり、脚本・吉田玲子のダイアローグに於けるセンスの一端がうかがえる佳作だ(絵コンテは北野さん担当な節もある桜井弘明)。優子の長セリフの年相応な「わけわかんなさ」や「なんのなんの」とちょっと芝居掛かって切り返すあたりは、『けいおん!』『たまこまーけっと』など、山田尚子監督作品の会話劇を先取りしているよう。

とりわけ吉田節が炸裂しているのは、北野が溜めて「タカちゃん」と呼ぶくだりだ。多可子は強気な性格で似た者同士の北野と衝突を繰り返しており、そのたびに優子が板挟みになっていた。だから、北野が帰ると言い出しても盛り付けをやるからとさっさと引っ込み、素っ気ない態度をとった……ように見せているのがこの脚本の肝。おそらく多可子はここで何か言ったらまた強情な言い争いになって、もつれてしまうと思ったのだろう。北野は優子がきっと引き留める。ならば後はパーティの準備を進めておくことだと。この割り切った性格描写がじつに巧い。そしてパーティが始まり、シュークリームを切り分ける段で北野が恥ずかしさを堪え、勇気を振り絞って呼んだ「タカちゃん」にも「うん」と短い受け答えで済ましている。これはすべて彼女なりの友達への接し方というアンサーを込めた“思春期の行間”なのだ。

起こしてみれば、ごくありふれた中学生の女のコの会話劇。しかしそんな「ありふれたもの」を描くことが、作為を感じさせず、等身大の心情に寄り添う物語を作る難しさがいまなら分かる。とある吉田玲子のダイアローグ、もっと見つめていきたい。

水色時代(1) (フラワーコミックス)

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