『小林さんちのメイドラゴンS』初回演出メモ(オマケもあります)
京都アニメーションがTVアニメの世界へ帰ってきた。シリーズ第2期となる『小林さんちのメイドラゴンS』は監督を石原立也に引き継いでの再スタート。「シリーズ監督」にクレジットされた第1期監督・武本康弘との違いはもちろん、美術/色彩/撮影の各監督が変わったことによるビジュアルやルックの変化にも注目していたが、まず目に飛び込んできたのは、「石原印」の黒板(黒背景)+手描き風タイトル。
「だって 私は、」の書き文字→満面の笑みで迎えてくれるトール→タイトル。キャラクターを挟むのは初のパターンだが、石原監督の第1話では定番の演出だ。
『中二病』を除いて英語にしてあるところが洒落っ気だが、黒背景+タイトルの英語訳自体は『涼宮ハルヒの憂鬱』の頃からを用いられている。
タイトル以外で黒背景が使われる場合もあり、『けいおん!』第1期12話ラストの「おしまい」*1や『映画 中二病でも恋がしたい!-Take On Me-』の葛藤パートが一例だ。手描きの味を抽出する手法が好きなのかもしれない。そして、アバンが終わって飛び出すオープニングはまたまた石原流。
人物の瞳やプロップのある一点へカメラが寄っていったまま繋ぎ続けるトランジションは『日常』オープニングのそれと同じ。セルフオマージュを挙げるなら、画面分割も過去作のオープニングでお馴染み。
第2期オープニングは石原監督の“癖”が見えやすいがゆえに、逆に第1期のおかしみある(大いにネジを緩めた)方向性は武本康弘のセンスだったのだなあと改めて思わされる。ベースは近くとも、映像の完成図がまるで異なるバリエーション豊かな演出陣。それが京都アニメーションの強みだ。
オープニング明け、本編Aパートは主に原作47話「トールとメイド喫茶」のアニメ化。ほぼ原作に沿った展開だが、スタジオの力を感じられるのはやはり、(原作)コマの補完にインサートされる自然な日常芝居の巧さ。
例えばメイド喫茶の席で収まりのいい位置に動くカンナ。床に足のつかない小さな子どもが、上半身だけで席の中ほどに移動しようとする芝居をコンテで指定する意図――おそらく、メイド喫茶・ドラゴンという非日常的なモチーフが闊歩する所に"地に足の着いた"実在感を与えるためだろう。このカンナの動きひとつでファンタジーが日常に近寄ってくる。何気ない芝居による「小さなリアリティ」の追求はお家芸だ。
こちらはコック長・トールの中二病風な決めポーズ。ダイナミックで変わったポージングを好む石原立也だが、存外に「肉弾戦」も得意という人であることが思い起こされるのは、移って後半*2のトール対イルル。
エフェクト満載の作画/撮影的高カロリーな格闘戦は、『中二病でも恋がしたい!戀』オープニングや『ファントム・ワールド』1話でも拝むことができる。アニメーターの高い練度を伺わせるアクションパートだが、クオリティを保持したまま抑える所は抑え、使うときには存分に使うフィルムのコントロールも通底したスタジオの思想だろう(その代表が北之原孝将を加えたベテラン陣)。
個人的にアイディアを感じたのは、トールの部分変化させた大翼シールド(原作では腕)、イルルを撃退したブレス後の放熱/排気、都市上空であると伝える背景美術だ。
トールは魔法を使うドラゴンでありながら、メカっぽさも備えている。そこへ街に被害を与えないように戦うアングルまで加われば、否応なしに頭をもたげてくる「東京上空」*3という言葉。途中で我を忘れそうになる場面など、一歩間違えれば「ハイパー・ジェリル」だ。「異世界」の先駆者である『ダンバイン』を補助線に引ける、これはアニメの手柄といってもいいのではないかと思う。
そして、本作の核であろう異種族間の価値観を問う、小林さんとイルルの終電会話劇。このシーンは舞台である車内の風景をメタファーとしたやり取り、とくにつり革が有効に機能している。
終電に乗ってすぐに時間ジャンプ、次に揺れるつり革、イルルと小林さんが並んで座った*4図という叙述によって始まるが、つり革を掴んで立っている者は一人もおらず「空」だ。しかしこのつり革は揺れるイルルの心を表象すると共に、その数だけ存在する他者の価値観だという風にも読める。さらに本来つり革が「支持具」であるとすれば、何をもって人は自分を支えているのか、その考え方をイルル自身に質しているとも言えるかもしれない。セリフに合わせた映り込み、窓枠による分断も心象のメタファーとして働き、中でもリアル度合いを変化させた小林さんのアップは異質かつ多角的。
「私、そういう人間」とありのままの自分を吐露するカットでディフォルメをリアルに寄せるのは、それだけ深く本心で語っているからだろう。瞬きもせず、目の前を通り過ぎる地下照明も気にしない。返ってそれが諦観でもなく、希望だけを見つめているわけでもない、小林さんの在り方を象徴しているよう。京都アニメーションらしい、階層の深いクローズアップだ。
オマケとして。イルルと小林さんの対峙レイアウトでも使われた京アニ「止まれ」集*5(文字通りの意味合いもあれば、逆に「止まれない」感情へ重ねたり)。