boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

中野英明虎王伝説・総集編

2010年代中盤、格闘小説『餓狼伝』に登場する竹宮流の秘奥「虎王」が、何故だか(一部の)アニメを賑わせていた。仕掛け人は板垣恵介版・マンガ『餓狼伝』を愛読していたであろう演出家、中野英明。

以前、中野英明回で虎王が使用されるたびに記事を書いていたのだけど、移行に伴って消えてしまった。新たな発見もあり、その足取りをまとめ、もう一度振り返ってみたい。

■『ベン・トー』7話 「オムっぱい弁当 752kcalとロコもっこり弁当 1100kcal」(2011)

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伝説の序章は『探偵オペラ ミルキィホームズ』で目立ち始めていた頃、脚本家・ふでやすかずゆきの紹介で参加したらしい板垣伸監督の半額弁当バトルアクション『ベン・トー』。《氷結の魔女》と呼ばれる槍泉仙のプール虎王は、足技が得意なキャラクターらしいアレンジで一連の流れも綺麗に決まっている。この足を振り上げたところから始まるカット割りは、『餓狼伝』22巻で長田が姫宮にかけた虎王*1を参考にしていると思われる。

 

■『SKET DANCE』74話 「フードファイターお宅訪問!」(2012)

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次は演出の方向性をある意味決定付けたと言える『SKET DANCE』。入射光やハーモニーを繰り出す出崎統の演出パロディを始め、重度の板垣恵介ファンであることを伺わせる『バキ』コマのパロディカット多数。「虎王」そのものは使われていないが、丹波文七 vs 堤城平戦で技が発動する鍵となる、内に潜む獣を縛る鎖が破られる描写があり、『ベン・トー』と合わせ「虎王」がほぼ完成。

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またこのエピソードは中野英明もうひとつの側面、『機動警察パトレイバー2 the Movie』に対する愛着を感じられる回。板垣恵介×パト2という組み合わせで一本作ってしまう剛毅も凄いが、それは川口敬一郎監督の度量も関係しているかもしれない。

 

■『波打際のむろみさん』6話 「竜宮城とむろみさん」(2013)

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ハーモニー処理・入射光・画面分割からの脳震盪! 出崎×板垣パロディが暴走する中野節が炸裂。作画的演出的"遊び"に寛容な吉原達矢監督の懐に入って乱痴気騒ぎ。

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肝心要の虎王もリピートを利用し、関節のないリュウグウノツカイの関節を外すという荒業っぷり。乙姫はリュウグウノツカイに対し、容赦ないツッコミ代わりに虎王を再使用し、一話数二虎王の快挙を達成。魚類相手だろうとも関係なく技を入れ込む情念に敬意すら湧いてくる。

 

■『LOVE STAGE!!』5話 「チョットダケナラ」(2014)

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アクションが少なく、BL要素のある作品では難しいだろうと思いきや、主人公・瀬名泉水の想像シーンで「完了」。隙あらば虎王、その意気やよし。

 

■『夜ノヤッターマン』5話 「母に捧げるハリケーン」(2015)

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「チンギスハーン、両の脚を虎の顎になぞらえて、タイガーショット! 見事噛み砕きました!」というささやきレポーターの実況も熱い、史上初のメカ戦虎王。スローモーションで技の流れを説明的に見せておき、膝が入る瞬間に速度を戻す緩急がじつに痛快。

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付け加えておくと、中野英明コンテ・演出の2話では『パト2』冒頭の柘植に迫る熱源、ATM(対戦車ミサイル)が間延びした時間を抜けていくカットのオマージュがあり、さらに押井作品に欠かせない"鳥"要素も見逃せないポイントだ。
 

 ■『青春×機関銃』1話 「死なない殺し合いを始めようか」(2015)

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初の監督作で使ってくるとしたら何処だ、と探っている開始3分で虎王発動。ノルマ達成と言わんばかりのスピード展開に驚かされる。技に注目してみると、足を大きく振り上げてカット割りのダイナミズムで見せるのではなく、芝居による技の入りを重視した『LOVE STAGE!!』以降の虎王であることが分かる。

と、ここまでが以前のブログで取り上げていた部分。この後、中野英明による虎王は(見逃しがなければ)観測していないのだけど、関連する作品を紹介したいと思う。

■『劇場版 HUNTER×HUNTER The LAST MISSION』(2013)

監督/川口敬一郎、絵コンテ/青木弘安、中野英明、吉原達矢、嵯峨敏、寺岡巌、佐藤雄三という分担制にもかかわらず、色濃く中野色が出ているパートがある。

・ハッキングされ、ガスが噴出されるときのセリフ「状況、ガス!」(パト2

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・本来戦うはずの相手が変わり、餓鬼(劇場版オリジナルキャラクター)に向かって啖呵を切るズシ「不意打ちにとやかくいうようなら、武術家ではないっす!」(餓狼伝25巻)

・ズシを倒した餓鬼の鼻血、それを拭ってつぶやく「肘か……少しは楽しめた」(餓狼伝13巻)

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各パート絵コンテ・演出の分担が明かされていないので確定はできないが、こんな「細かすぎて伝わらない餓狼伝」をねじ込んでくる演出家は他にいまい。時期的にみても『SKET DANCE』74話と連続性があるように思える。

 

■『キラッとプリ☆チャン』44話 「ファッションショー手伝ってみた!」(2019)

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最後に紹介する『プリチャン』は、中野英明担当回以外で虎王が登場した珍しい話数。アバンで「新開発のアルティメットエモスペシャルでギュギュっとすれば聞き出せると思うけど」という萌黄えものセリフに合わせた画が「虎王完了」だ。おそらくプリティシリーズ恒例の秋田書店ネタの一環だと思われるが、アニメ虎王史に刻んでおきたいワンカット。

以上、総集編と銘打って書いてきたけれど、中野英明監督は現在、主に女性向け作品を中心に手掛け、「暴走演出家」のイメージは薄れてきている。ある作り手が特定の期間、独創的、あるいは個性的な何かを試していたという事例は枚挙に暇がなく、「中野英明の虎王」もそのひとつだったと考えるのが自然だろうか。とはいえ、油断しているとプリチャンよろしく、思いもよらぬアニメで虎の顎が食いつくかもしれない。おのおの抜かりなく……

 

餓狼伝 1 (少年チャンピオン・コミックス)

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