boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』と『大誘拐』

庵野秀明作品における岡本喜八へのリスペクトはよく知られたところだ。古くは『トップをねらえ!』の『激動の昭和史 沖縄決戦』オマージュ、近年でも『日本のいちばん長い日』が『シン・ゴジラ』のベースになっているなど、その影響は計り知れない。とりわけ『ブルークリスマス』から引用された使徒識別用の「パターン青」は岡本オマージュの最たる例だろう。

さて、ここから『シン・エヴァンゲリオン劇場版』と1991年公開の映画『大誘拐 RAINBOW KIDS』の内容に触れる。

大誘拐』は天藤真の同名原作を映画化した作品で、岡本喜八晩年の傑作だ。出所したてのスリ師・空き巣・かっぱらいの3人組が莫大な土地を持つ柳川家当主の営利誘拐を企てるが、計画は思わぬ方向へ転がり、当主本人の意向によって100億円の身代金を要求する破天荒な大誘拐劇に発展する――という前代未聞の誘拐ミステリ。愛嬌と老獪さを備える柳川とし子の奇想天外な発想や事件に至る動機、無上の爽快感を呼ぶ展開への共感は30年経った今でも全く色褪せていない。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でこれが『大誘拐』のオマージュかもしれないと気づいたのは、アスカから「初期ロット」と呼ばれるアヤナミシリーズ(以下、アヤナミとする)が繰り返し「そっくりさん」と言われる場面だ。作劇上、名前の必要性は分かるが、どうして仮称「そっくりさん」にこだわるのかと考えたとき、パッと閃いたのが『大誘拐』の「そっくりはん」だった。

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「そっくりはん」の登場はエピローグ。グループの主犯格である戸並健次(風間トオル)が、とし子誘拐の折に同伴していたお手伝いの紀美に対し、今なら声のそっくりはんで済むから木工の職人として出入りさせてくれと頼み込むのだ。その提案をおもしろいと感じたとし子は健次を受け入れ、紀美も「そっくりはん」と呼んで慕うようになる。また、「受け入れる」という視点で見ると、農作業をするアヤナミの姿は柳川家の元女中でパワフルな中村くら(樹木希林)と共に働く健次の舎弟分、秋葉正義に重なる。

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本来は敵対するはずだった者が額に汗して働き、畑を耕す。つまり、人間として立ち直っていく筋立てそのものにオマージュがある、と読めなくもない。さらにこれは深読みというか「眉唾」の部類だが、とし子が「虹の童子」に名前の由来を尋ねるときのセリフにある3人の童子=ファースト、セカンド、サードチルドレン(第3村に3人でやってくる)。

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もうひとつ、『シン・エヴァ』のエンドクレジットにあった画面協力/スタジオジブリとなりのトトロ関連で繋げれば、柳川とし子役の北林谷栄は御存知「サツキのクラスメイト・カンタのおばあちゃん」を担当した女優である。

というように、『大誘拐』の引用とおぼしき要素は(単なる偶然や眉唾もあろうが)いろいろ転がっている。何しろ事件を取り仕切る本部長の名前からして井狩(いかり)なのだ。そして井狩の劇中最後のセリフがなんとも味わい深い。

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これは原作にない、映画版オリジナルのセリフだ。『大誘拐』に倣い、『シン・エヴァ』はだれにとっての「メルヘン」だったか、もう一度観る時にはじっくり考えてみたい。

大誘拐 RAINBOW KIDS

大誘拐 RAINBOW KIDS

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video