boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

『のんのんびより のんすとっぷ』8話の背中と変化、本心について

今期、「脚本」や「構成」に注目しているTVアニメをひとつ挙げるとしたら、迷うことなく『のんのんびより のんすとっぷ』だ。シリーズ第3期となる今作も概ね原作準拠の映像化だが、エピソードの順番を入れ替えたり、オリジナル描写の工夫によって絶妙な味わいのアニメになっている。小編を組み合わせて生まれる新たなテーマの設定に、ついつい感心してしまう。

第8話「先輩はもうすぐ受験だった」はまさに一本のフィルムとしてのテーマとシリーズ全体のテーマ、そして演出のテーマが合致した回だった。描かれていた内容は「変化」。このみ(富士宮このみ)のおかげで高校生活が明るくなったあかね(篠田あかね)の“本心”が見どころで、演出的なポイントとなっていたのは互いの「背中」。

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お祭りの帰り道、受験で部活を辞めるだろうと思っていたこのみに声をかけるあかね。このみに辞めて欲しくないけれど、感謝の意を伝えて送り出そうとするあかねのちょっとした勇気が伝わってくる。

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このみが部活を続けるという事実を知って目が点のあかねと夕方の空に舞う「黄色い風船」。さらに「繋ぎ目」*1のタイトル画面まで風船が飛んでくるユーモア。しかしその本当の効果はラストカットまでおあずけ。

後半、皆がこのみの家に集まり、突如始まった演奏披露の場で緊張しているあかねの背を押し、解きほぐすこのみ。

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「いつも通りにやればいいよ」と今度はこのみが声をかけてやる。普段のあかねの姿や努力を知っているからこそ出る、先輩としての言葉だ。

続くこのみの部屋で布団を並べた就寝シーン、ここでは横になり背を向けたままのこのみが、これからも一緒に練習しようよと語りかける。

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あまり表立って恥ずかしがるような性格ではないけれど、さすがに面と向かって言うのは照れくさかったのかもしれない。嬉しさを隠しきれないあかねの表情もいい。三度繰り返される「背中」と声掛け、意識的な演出だ。

何故繰り返したかというと、「変わっていくもの」と「変わらないもの」の対比を狙ったからでないかと思う。このみと出会い、ポジティブな方向へ変わっていったあかね。とはいえ、先輩であるこのみは自分よりも早く卒業し、違う道に進んでいく。本心では一緒に過ごしたいが、それを言葉にするのは憚られる、というところで示される「これからも」。自分や周囲の環境に変化があったとしても、関係は変わらず続いていく。一方は背中を押してやり、一方は背中をみて、そして互いに振り向き合う。脚本で提示されたテーマをコンテ、芝居レベルで意味付けしフォローアップする非常に強度のある演出。映像化の理想といってもいいくらいだ。

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どこまでも伸びていく最後の飛行機雲は、「これから」の未来図。「黄色い風船」が運んできたもの、それは未来へ伸びる幸せの予感だったというオチだ。勿論、3期タイトルの「のんすとっぷ」にも掛かっているだろう。心憎いとはこういうことをいうのかもしれない。

絵コンテは「本心」を描かせたら随一*2のベテラン・澤井幸次。脚本にクレジットされている「上座梟」はおそらくペンネームで、脚本が本来の名前を明かせないというのも気になるところ。何しろ『のんすとっぷ』8話放送終了の現時点でシリーズ唯一の例外*3だ。

 

*1:越谷家お泊りの話(隠しきれない何かという共通点)を挟み、お祭りのおみやげであろうお面をれんげが被って出てくるのも「繋ぎ」の創意。

*2:参考用記事:アニメ演出家の仕事とは?『宇宙よりも遠い場所』など、数々の名作を手がけた澤井幸次さんに聞いてみた

*3:構成の吉田玲子、各話で入る志茂文彦、山田由香のローテーションが完全に確立しているシリーズだった。