boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

『秒速5センチメートル』の明滅と点滅

1995年3月4日、大雪の降りしきる中、遠野貴樹は離ればなれになった篠原明里に会い行った。これは『秒速5センチメートル』第1話「桜花抄」の出来事だ。映画の公開が2007年3月3日だから、いま振り返れば作中の時間経過より長い月日が流れたことになる。

そんな"記念日"に『秒速』を観ていて、この映画はあらゆる場面で明滅と点滅が繰り返されているな、と思った。たとえば冒頭、タイトルが表示される直前のカット。

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「タカキくん、来年も一緒に桜、見れるといいね」というセリフの一瞬後、貴樹の視界を遮る車両の窓ガラスに反射するフレアの明滅。非常に意味深かつ新海誠的としか言いようのない光の操り方だが、意識して見ていくと、明滅/点滅が使われているシーンの多さに驚かされる。

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下校風景の輪郭を鮮やかに切り取った夕焼けをバックに灯りだす街灯、点滅する洗濯機の操作パネル、十字路に埋め込まれたマーカー、何処にでもあるような日常の中で光が消えたり、点いたりしている。さらに印象的なのが蛍光灯や街灯のフリッカー現象(チラつき)の再現。

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これらは単独で見れば点描であり、作品を彩る美しい情景のひとつだ。描写そのものは携帯電話の着信や警報器の点滅が暗示的だった『ほしのこえ』や『雲のむこう、約束の場所』にその原型を見い出すことができる。しかし『秒速』の凄まじさ、ある種のフェティシズムまで昇華されていると思えるのは、アバンからラストシーンまで明滅と点滅が画面にずっと残っていることだ。「接続と分断」のミクロ的表現であり、また「同じ光が照らし続けるわけではない」とすれば、何かしらの予兆を滲ませた別離的時間表現とも言えるかもしれない。留まることなく流れていく時間が、貴樹と明里の距離を遠くしていく。屋外シーンの増える第2話「コスモナウト」では種子島に吹く風と常に一定ではない波もその役割を任されている。「半年ぶりに波の上に立てた日」(告白の勇気が灯った日)が決定的な断絶の日になってしまう、その"点滅"の切なさ。発射されるロケットが眩い光点となり、それを見上げていた時間だけは同じものを感じ、同じ光に照らされていたという展開も、じつに新海誠監督らしい。

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そしてドラマのクライマックスは勿論、主題歌「One more time, One more chance」のアウトロが流れる中で、冒頭と対になる小田急線を挟んだフレアと警報器の明滅。

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 「明滅」と「点滅」は、普段点いているか消えているか、その状態の違いで区別するらしい。だとすれば、貴樹がすれ違った女性は本当に「アカリ」だったのか。二人の行く末を灯す光は最初から点いていたのか、いや消えていたのか。カット終盤のフォーカス送りも絶妙だ。「いない」ところへ送られるフォーカス、まるで『秒速5センチメートル』という作品自体を示唆しているように感じられるからだ。

ブックレットにはこうある。

上手く言えないのだけれど、例えば何かが失われた、あるいは最初から"ない"と感じているとして、それをそのまま描こうとしていたのが本作だった。

新海誠作品を俯瞰すれば、"ない"状態を完全に覆したのが『君の名は。』であり、「雨」を通して状態の是非を問うた作品が『天気の子』かもしれない(状態に抗った作品が『星を追う子ども』と位置付けてもいい)。『秒速』はそれを受け入れて、歩き出すまでの物語だ。ゆえに、だれもいない踏切のラストカットがパンフォーカスであることに安堵する。視界が狭く、明里しか見えていなかった子供の頃。成人し、社会人になっても踏切の向こうに、おぼろげなアカリの姿を見つけ振り返ってしまう。しかし"いない"ことを見届けて前を向く貴樹の心情を反映する、最後の風景は手前(いま)と奥(思い出)両方にピントが合い、「秒速5センチ」で桜の落ちる踏切――本来の演出意図はどうあれ、あの踏切には観客の心を映す機能が備わっているように思えてならない。来年観たとき、アカリは点いているだろうか、消えているだろうか。自分の感想が、すこし楽しみだ。

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秒速5センチメートル 新海誠絵コンテ集 1

秒速5センチメートル 新海誠絵コンテ集 1

  • 作者:新海 誠
  • 発売日: 2017/08/05
  • メディア: 単行本