boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

『ToHeart』再見 第5話「青い空の下で」

突然始まる野球回、なんてフレーズはいまや定番になった。「野球回」はTVアニメに於ける箸休め的な役割を持った“遊び回”の代名詞だが、他にもサッカー回や水着回、温泉回という言い回しも定着しているし、学校が舞台の作品であれば修学旅行、文化祭などの年間行事を扱った話数もしばしば見かける。そんな行事のひとつ「体育祭回」の傑作が、『ToHeart』5話「青い空の下で」(脚本/山口宏、絵コンテ・演出/村田和也)だ。

イマイチ体育祭へ乗り気でない浩之。志保に憎まれ口を叩かれながらもささいな雑用をこなし、偶然居合わせた芹香やレミィらと束の間の交流を深める。最後のクラス対抗リレーでひそかにアンカーに入った浩之は雅史からのバトンを受け取り、あかりと志保の前で中学の頃と変わらない勇姿を見せる――。

物語の前半は、浩之が代わる代わる出てくるヒロインから応援という名のプレッシャーを受けるリレー方式。

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浩之の体操服を掴んで呼び止める来栖川芹香、元気一杯の松原葵、念願の半被を着て嬉しさ全開のレミィ達は単なる「再登場」に留まらない魅力に溢れている。かなりキャラクターを“つかまえた”描写が冴えており、芹香、葵は「当番回」を終えているので、好感度が充分に高まっている点もありがたい*1。委員長である(保科)智子が素っ気ない態度をとっているだけに、対応の差、温度感の違いは「ゲーム的」かもしれない。

しかしアニメ『ToHeart』の体育祭がゲームのように感じるかというと、そんなことはない。フィクションならではの突飛な競技が存在する世界ではないし、浩之の一見締まりのない態度は多くの男子生徒にとって「あるある」だと思うからだ。演出的にいえば、常に流れている音楽が非常に効果的。だれもが一度は耳にしたことがあるだろう運動会定番の有名クラシックが絶えず掛かっているのだ(昼食休憩中はそれっぽいポップスにかわる凝り様)。浩之が出場した400m走に至っては「地獄のオルフェ」が場を盛り上げ、アニメで思い返すとすれば、今なら『響け!ユーフォニアム*2になっているのだろうか、などと余計なことを考えてしまったほど。

少々脱線したけれど、これらの定番クラシックはあくまで「劇中内音楽」であり、作品固有のサウンドトラックではないところがミソだ(登場人物と視聴者が同じ音を聴いている状態)。扱いとしては環境音なのである。ずっと使われなかった伝家の宝刀、溜めに溜めた専用トラックが放たれるのは最終競技であるクラス対抗リレー、トップを諦めかけた雅史の視界に入った浩之が、ラストスパートだ! と叫ぶ場面。

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ここはカットチェンジのタイミングも抜群で、大変感動的だ。何故そう感じるかいうとやはり、いくつも重なった期待に応えているからだろう。あかりと志保の「雅史からのバトンを受け取って欲しい」という思い、葵や芹香、レミィたちの「見逃してしまった浩之の活躍をもう一度」という気持ち。何より観客(視聴者)が浩之に対して抱く「主人公の面目躍如は今だ!」と送り出してやりたい感情、すべてはこうなってくれたらという期待なのだ。またサウンドトラックによって客観的だった(劇中で運動会クラシックを聴きながら浩之を眺めている感覚)視点を一気に主観的、パーソナルな方へ引っ張り込んだように思える。この辺りの客観・主観の匙加減は、高畑勲おもひでぽろぽろ』で学んだ*3村田演出の一環か、と考えないでもないが、脚本や監督、音響監督の兼ね合いもあり、断定は難しいところだ。いずれにせよ、皆から積もった「期待」を浩之が解放する、そのカタルシスとトラックのアタックがこの話数を非凡なものへ押し上げているのは間違いない。

体育祭が終わった後は、キャンプファイヤーを囲んでのフォークダンス。「ヒロインリレー」のアンカーをあかりが受け持つ構成も美しく、オクラホマミキサーは脚本・山口宏のこだわりだったようで権利的に通って安心したとインタビューで答えている。

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校庭で火を焚きフォークダンスをする光景は、そう遠くない未来に消える、いやもしかしたら既に失われた文化かもしれない。ただ、フィルムにはいつまでも残り続ける。たぶん、軸はそこにあるのだろう。思い出の彼方に残る、体験の共有。強い訴求力を持つ音楽の活用。浩之が走り出したときに使われたトラック名は「風を駆け抜けて」。自分にとってこの体育祭回は、ゴールテープを目指して駆け抜けた浩之の姿と共に、目に焼き付いて離れない一本だ。

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*1:宮内レミィは例外的にゲスト回がない。意図的に外したわけではなく、構成の流れでそうなったらしい(「To Heart TV animation Vol.2」インタビュー参照)。だからというわけでもないだろうが、浩之に対してはきわめてフレンドリー。

*2:第1話で重要な役割を果たす曲。モブキャラの「運動会だ」というセリフもある。

*3:スタジオジブリ時代、村田和也は演出助手として参加している。