boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

黒澤明の演出方針

11月8日に放送された「黒澤明の映画はこう作られた〜証言・秘蔵資料からよみがえる巨匠の制作現場〜」で興味深い資料が紹介されていた。スタッフにだけ配布したという自身の演出プランを語った文章だ。

「私の演出方針大要」

 俳優の演技は演技を感じさせてはいけない。つまり、それ程、自然でなければならない。キャメラキャメラを感じさせてはいけない。つまり、キャメラの位置の移動は俳優の動きにしたがって動き、俳優の動きが停った時に動いてはいけない。
 私は、通常、二台のキャメラを使い、一つのシークエンスを、綿密なリハーサル(俳優の演技、動き、それについて動くキャメラのパン、移動。照明機具の操作)を行った後、一挙に撮影する。何故ならば、役になりきった俳優の感情の起伏を分断して、改めてそれを俳優に要求しても無理だと言う事を、永い経験で学んだからである。
 それから、特に強調したいのは、如何に撮影するかと言う事も重大だが、最も重大なのは撮影する対照物(俳優の演技、自然の状態、照明、大道具、小道具、衣装、その他)に完璧を期する処にあると考える。俳優の演技を、最も短い時間に凝縮し、最も映画的な被写物を創る事、それが最も肝要である。下らないものは、如何なる撮り方をしても下らない!
 また、この映画では、自然の暴威を描くシーンが多々あるが、それを待つ時間も悔しいし、その条件では撮影不可能という事もあると思う。その為、人工的にそれをつくる用意が必要となろう。
 その他、いろいろスタッフと協議した上、シーンごとに細い打合せをしなければならない。
 この映画製作は、いわば一大作戦である。
 計画と準備にぬかりがあってはならぬ。
 それから、もう一言、私は編集の材料を集積するためにフィルムを沢山使う。
 編集は、私がやる。

書き写していて思ったのは、もし戦国武将・武田信玄が映画監督だったら言いそうな事が並んでいるなと。黒澤が信玄を題材にした『影武者』を撮っているゆえにそう感じてしまうのか、まるで合戦を前に語る心得のように聞こえる。事実、そうなのだろう。信玄は有利な地形を選定し、状況を作り、勝利を収めてきた。それは信玄から織田信長に、羽柴秀吉に、そして徳川家康へ引き継がれた勝つための思考。ここで語られている演出方針は、言い換えれば映画製作における黒澤明の「勝利条件」なのかもしれない(ちょっと押井守監督の語りに似ている)。

勝つために戦え!〈監督ゼッキョー篇〉

勝つために戦え!〈監督ゼッキョー篇〉