boogyman's memo

アニメーションと余日のメモ欄

吉田玲子の「水色時代」

本打ちは乙女の赤い血問題で揺れていた。

こんな書き出しで始まる文章がある。2000年に刊行された「アニメスタイル」第2号に寄せられた若き日(といってもデビューからそれなりに年数は経っている)のシナリオライター・吉田玲子によるコラム。「自作を語る」というテーマで内容は『水色時代』第5話「すれちがい」についての裏話というか、「脚本打ち合わせ秘話」だ。

アニメのサブタイトルは「すれちがい」となっているが、やぶうち優の同名原作で当てられたタイトルはずばり「初潮」。ちょっとオクテのヒロイン優子が初潮を迎えるという扱いの難しいエピソードで、コラムの中では吉田が呼ばれることになった経緯*1や喧々諤々の打ち合わせの詳細、またそこから学んだことが鮮明に書かれている。それがじつに読ませるのだ。個人的にこのコラムは吉田玲子自身の言葉が綴られているという以上に、現在の作風にいたる考え方、思想がはっきりと読み取れる非常に重要な資料だと思っている。

「すれちがい」の原作とアニメ、とくに脚本に関する部分*2を比べてみると、まずモノローグにもダイアローグにも「初潮」という単語は出てこない。「生理」も何も知らない男子が優子に対し無神経に投げかける言葉としての意図が深められており、中学生の物語ながら男女の決して越えられない溝が描かれている。そして「男子」への不信は(優子の目線で)自分勝手な父親に対しても向けられるのだが、そこで優子をなだめる母親のセリフが重要な意味を持つ。

だってそうでしょ。いつもゴルフやってお酒飲んで、自分だけご機嫌で。

そうねえ。でもお父さんああ見えても、お母さんのこと色々と気を使ったり、心配したりしてくれてるんだから。

え……

違う人間なんだから、わかりあえないこともあって当然でしょ。でも相手を思いやる気持ちさえあればそれでいいと思ってるの。

原作で該当するのは、「わかってもらおうとも思ってないのよ。わかるわけないんだし。お母さんはただお父さんが元気でいてくれて、お父さんのために何かしてあげれば、それで幸せよ」というセリフ。それほど大きく変えているわけではないが、ニュアンスは吉田色に染められていることが分かる。

アニメの脚色で言えば、コスモスの花もおそらく脚本で加えられた彩りだろう。

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 「乙女の純潔」という花言葉を持つピンクのコスモスの蕾をファーストシーンで見せておき、徐々に花開く様子を優子の心と身体にシンクロさせる。「赤」を画面で見せないのも配慮なら、コスモスに代弁させる心模様も配慮だ。細やかな気配りが利いた脚本と言えるかもしれない。ちなみに「すれちがい」のコンテは変名と思われる「古畑三郎」であり(当時放送されていた『古畑任三郎』に引っ掛けている?)、内容が内容だけに「男子」には気恥ずかしかったのかと想像してしまう。優子同様、演出家も何らかの理由で隠したかったのだろう。

話を戻すと、『水色時代』で吉田玲子は17本脚本を書いている。中でもアニメオリジナル「思い出アルバム」の3本と「タカ子の恋」「笑わない代ばば」「プレゼント」などは近年の代表作、『ガールズ&パンツァー』『たまこラブストーリー』『リズと青い鳥』といった青春作品への補助線として見てもおもしろい。「タカ子の恋」の「京都に転校する男の子を追いかけて、新幹線のプラットフォームで想いを告げる」プロットなんて思わず頬が緩んでしまうこと請け合いだし、「思い出アルバム」の「はじめての友達」には"らしさ"全開の素晴らしい行間*3がある。

 『水色時代』を書かせていただいたことで、良くも悪くも自分の指向みたいなものがはっきりしてきたような気がする。ヒーローよりも端っこで生きている人が、孤高の人よりしがらみに苦しむ人が、目立つ人より埋没しそうな人を描くのが……。人と人の関係を描くことが……。決して完全にはわかりあえないのに好きになったり、お互いにとって良い人でいたいのに憎しみや悪意を抱きあったり、さざ波みたいに動いて、時には渦となって動き出す気持ちを描くのが、好きなんである。
わたしたちは宇宙の始まりも終わりも知らないまま生まれて死んでいく。そういう意味では生きている人はみんな何者かもわからず、みんな曖昧なまま狭間で愚かに生きていて、みんな『水色時代』なのかもしれない。

「自作を語る」で明かされている吉田の述懐は脚本を担当した直近の作品群のテーマにも繋がる、作り手の芯と言えるもの。つまり『水色時代』は吉田玲子なる脚本家が色づき始めた作品なのだ。四半世紀経っても変わらない、水色の気質。その筆致はずっと瑞々しい。

水色時代 DVD-BOX 1

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  • 発売日: 2002/03/22
  • メディア: DVD
 

*1:シリーズ構成は武上純希。吉田玲子は各話脚本で参加している。

*2:コンテ以降の工程で諸々のチェックが入っている可能性があるにしても、この話数は脚本に拠るところが大きいと思われる。

*3:「あだ名」で呼ぶというイニシエーションに対する吉田玲子の脚本的回答は必見!